一夜明けて

ドラフト会議を終えた夜は

一軍で先発した夜にとてもよく似ています

達成感と、形は違えど緊張感からの解放

空が明らむくらいまでなかなか眠りにつけない感覚は

ここ最近はなかなか感じられなくて

ちょっと懐かしく、嬉しかったり


名前を呼ばれた瞬間はどんな気持ちだったでしょう

小さな頃からの夢が現実に

 
これはゴールではなくスタートです

今年も数々の名選手がユニホームを脱いでいきました

数々の記録を打ち立て、球史に名を刻んだ方々でさえ

涙を流してマウンドを去り、目を滲ませてバットを振った

まだユニホームに袖さえ通していない君たちが

遠い未来のことを想像するのは難しいかもしれないけど

いつか必ずやってくるその日が

1年でも先になるように


「ほとんどの選手は、ユニホームを脱ぐのではなく脱がされる。入団発表の日を覚えているか?振り返った時、あの日がそれぞれにとってのプロ野球人生が一番長かった日なんだ。その日から日々刻一刻と辞める日に近づいていく。誰もが引退を避けて通ることはできない。流れる涙は悔し涙なんだ。でも先延ばしはできる。必死にもがけ。自分次第だ。」

私が新人時代に尊敬するコーチに言われた言葉、今も心に残る言葉



すべての選手におめでとうを。




山本省吾

盛夏

夏真っ盛りですね!

全国各地から続々と甲子園出場を決める知らせが聞こえてきます。
私はというと...  今日もどこかの球場で、球児に視線を注いでいます。


もう20年も前のことになりますが。。。

私にとって17歳の夏は、日本で一番長く最後まで夢を見ていられました。
身も心も灰になるまでマウンドで過ごした、暑い暑い夏でした。

18歳の夏は1ヶ月も早く、梅雨明け間もない頃にあっけなく終わりました。

勝負は非情で、そして無情で。
ポッカリ空いた心の穴と、突然訪れる夏休み。
終わり?本当に終わり?

その夏の甲子園をTVで見た記憶は無いし、負けた試合も未だ見ていないな。。。




純粋なまでに勝利を信じ、そして青春時代の全てを捧げてきたからこそ、敗戦を受け入れるのは、18歳の高校生にとって簡単なことではありません。

勝って終われるのはたった1校。
それ以外全ての、4000校近い球児にとって、高校野球は負けることによって終わります。

描いた未来と違う現実を突きつけられて、それをなんとか受け入れて、新たなステップを自分の足で踏み出していく。 『Life goes on 』 人生は続いてゆく。


それが出来るか?自分の足で歩けるのか?
そんな貴重な経験の真ん中に、今たくさんの球児がいるはずです。

夢が続いているみんな、1日でも長い夏を!



青春のど真ん中、衆目の中で、感情の赴くままに喜びを表現でき、とめどない涙を流せることを、ちょっと羨ましく思います。


明日もまた、どこかのスタジアムで!


山本省吾


秋、所感。

ちょうど1年前、雨の草薙。


あの日、プロ野球選手として最後のマウンドに立ち、感極まって投げたことをふと思い出しました。こんな季節だったな、と。



スカウト1年生として全力で走り抜けた1年はあっという間でした。



寒い冬、寒い春、暑い夏、暑い秋!心地いい季節なんてなかったけど、君たちを見るために、君たちを指名するために、君たちにホークスのユニホームを着せるために、全国を走り回りました。




1年の集大成となるドラフト。

担当地区から5名の選手とご縁がありました。(5つ子誕生!!)






君たちの先にあるプロ野球の世界はとてもすばらしい世界です。

これからの君たちが心底羨ましい。

夢に見た世界はきっと、想像さえもしなかったレベルでしょう。

その壁はどこまでも高く、日本最高峰の真剣勝負はどこまでも厳しい。

苦しいとき、悩めるとき、諦めそうになるとき、ぐっとこらえてもうひとふんばりだ。





僕はどこまでも、みんなの味方です。







 
 




30年分のありがとうm(__)m

昨日、ホークス球団から公式に発表があったので皆様に報告させていただきます。
2013年をもって現役を引退することを決めました。
これまでの感謝と、想いを思うままに綴ってみたいと思います。







野球を始めたのは6歳の時。




「やきゅうせんしゅになりたいんだ。」





小さい頃父親に連れられて行った石川県立野球場。ナイターに輝くプロ野球選手がとても眩しかった。







あれからちょうど30年。
 









小、中で全国優勝、3度の甲子園。夏の甲子園決勝のマウンド、優勝を懸けた超満員の早慶戦、大学日本一。ドラフト1位でプロ野球の世界に入り、2桁勝利、オールスター出場、開幕投手。200試合弱のリリーフとちょうど100回の先発。


この愛するひだり腕が、僕をどこまでも連れていってくれた。







今日まで夢のような、いや本当に夢だったんじゃないかと思うくらい幸せな野球人生でした。







食事も喉を通らず、夜も眠れず、時に足を震わせて。
あのマウンドにもう向かうことがないのかと思うと正直寂しくもあります。







だけど、すべての野球選手がユニホームを脱ぎ、いつか踏み出さなくてはならない新しい一歩を、今踏み出すことにしました。








今日まで僕を支えてくださった方々、共に戦ったみんな、応援していただいた皆様に、心から感謝しています。本当にありがとう。みんながいなかったら今の僕はいなかった。








戦いの場からは離れますが、今後は余生ではありません。まだまだ35歳、学びたいこともあるし、身に着けなければならないことも沢山あります。星稜OBとして、慶應OBとして、プロ野球OBとして、偉大な先輩方に少しでも近づけるよう頑張っていきたいと思います。










本当に、本当にありがとう。







また球春が訪れるのを楽しみに。





またどこかのスタジアムで会いましょう!





















P.S  決断にはたくさんの考える時間とエネルギーが必要でした。相談に乗っていただいた方々には心から感謝しています。

一番辛かったのは。。。8歳の息子にやめることを伝えたときかな。彼の小さな涙を見た時、心が締め付けられる思いでした。


どんな時も家族は味方であり、共に戦ったプロ生活13年でした。そして同じ釜のメシを食ってきた学生時代の仲間の「省吾がんばれよ!」に、僕は支えられてきました。




みんなみんな、本当にありがとう!







そして本当に最後に。


2013年11月10日。雨の草薙。
これが最後かもしれないと登ったマウンド。
沢山のファンの皆様の温かい声援と励ましに、僕は涙を浮かべながら投げました。


色々を乗り越えて戻ったあのマウンドは、どんなビッグゲームを前にも色褪せることなく、僕の中に一生刻まれていくことでしょう。










また新しい人生の始まりだ!!





山本省吾


































たくさんの感謝を胸に。

 11月10日、12球団合同トライアウトにエントリーしました。




半年の空白を経て、マウンドに戻ってくることができそうです。
本当に嬉しい!!。





5月初旬、ヒジに違和感を覚え、僕は突然「投げる」という日常を奪われました。





これまでほとんど大きな故障とは無縁だった僕にとって、初めは長期にわたるリハビリ生活を中々受け入れることができませんでした。




7月、今シーズンを差し出す代わりにキレイな腕を手に入れるべく手術を受けました。





そこからの毎日は。。。大変だったけど。。。




3度の手術、6年もの間自らと戦う和巳さん、国指定の難病からの復帰を目指すトナリ、彼らの頑張りに比べたらヒジのクリーニングなんて親知らず抜くようなもんや!と思ってやってきました。





記録的な猛暑となった夏が過ぎ、





10月、術後3か月を過ぎて、加速度的に自分の腕が自分のものになっていき、目に見えて分かる日々の良好な変化に嬉しさを覚える毎日でした。






そしてまたマウンドに。。。




自らの状況や立場は変わってしまったけど、それよりも腕を振れる嬉しさが上回って。。。未来は不確かだけど、そんな状況をも腕を振れる嬉しさが上回って。。。



たくさんの感謝を胸にその日を迎えたいです。





僕にとっては記念すべき復帰登板!




山本省吾









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