8月21日。

8月21日は僕にとって特別な日。






18年前の今日、僕は夏の甲子園決勝のマウンドにいた。

 






初戦から全イニングを投げ、最後は3連投。




酷暑に加え、極度の疲労。

 

 



決勝の記憶は、あまりない。暑かったな。。。



 

ただ、






あの夏、ボロボロになりながら投げ切った経験は、今でも自分の心のお守りの1つだ。

 




また、大旗を目前に夢破れた悔しさ、流した涙は今でも自分を突き動かす原動力の1つだ。

 




そして、チームや学校、郷里の期待、背負えるものをすべて背負ってマウンドに登った17歳のあの日、間違いなく僕は成長した。

 

 

 





人生の中できっと忘れない日だ。

 

 

 

 

 

 



35歳の夏は人生で初めて福岡で過ごす夏。


あの日と変わらず毎日暑い。





大観衆の視線の先にあった18年前とは対照的に、今は黙々とリハビリに励む日々。

 





でも17歳の僕が、あの日頑張れたんだから、35歳の僕も頑張れるはずでしょ?頑張るでしょ?

 





そんなことをふと思う日でした。






リハビリ施設のある福岡・西戸崎より博多湾の向こうにヤフオク!ドームを望む。


「66」



2013年7月28日。



偉大な大投手の現役最後の投球を見守った。
その姿は美しく、凛として。その時間は厳かで。



翌日、記者会見で彼の涙を見た。



僕が左ヒジに異変を覚え、手術を受けるか悩み、決断し、復帰を目指す5月からの日々は、彼と過ごした時間だった。
 



どれだけたくさんのことをその姿から学び、感じ取ったんだろう。



20勝、沢村賞2度をはじめ、数々の投手タイトルを総なめにしてきた彼が、歯を食いしばり、必死にもがき、痛みと戦い、誰よりも自分に厳しく、グラウンドに突っ伏して。





心が動いた。





誰よりも高い理想を持って。命懸けでマウンドに戻ろうとして。



何も感じないはずがないよ。





いつもの場所に車が無くなって、
66のロッカーが空になって、
ユニホームじゃなくてスーツなのは淋しすぎるけど、
あなたと同じ時間を過ごせたことを、その姿を、プロフェッショナルを、一生忘れないよ。







本当に、本当にお疲れさまでした!!






山本省吾


始まるね。

20130328_142008.jpg

開幕前夜。


荒ぶる気持ち、高まる緊張、真剣勝負への覚悟。長いシーズンの始まりだ。
みんなどんな心で今を過ごしているのだろう。


福岡で迎えた初めての春。


新たな環境、激しい競争、タイトなスケジュール。日々の生活に追われ、大濠公園のキレイな桜は横目に眺めるくらいしかできなかったけど、少しずつ新たな地にも慣れてきた。



苦しいこと、悔しいこと、キツイこと、きっとそっちの方が大部分を占めるだろうけど、頭からビールを浴びれば全て吹っ飛ぶはずだ。




13年目のシーズンが始まる。

みんなで力を合わせて、最後のゴールテープまで。



秋に笑えるように!


山本省吾




My new life has begun

 
明日、福岡で入団会見をします。その後宮崎へ移動し、秋季キャンプに合流します。

 

新しい地、新しいユニホーム。

 

新しい人生が始まった。

 

 

 


・・・思えばプロ入りして
1年目のホークス戦。


1番柴原さん、2番バルデス、3番井口さん、4番小久保さん、
5番松中さん、6番城島さん、7番秋山監督・・・。

 

『どこでアウトとれるの?』

 

とんでもない世界に来てしまったと感じた。

 

 

ドームを埋め尽くす大観衆。TVをつければ、ラジオを聞けば、街を歩けば。

九州にこんな熱狂的な野球文化があることを、僕は知らなかった。

 

 


宮崎へ行けばきっとみんなの前で挨拶をし、選手スタッフ100名近くの顔と名前を必死に覚え、練習の流れが分からずキョロキョロし・・・。緊張と気疲れでベッドに倒れこむでしょう。

 



12年目の1年生。

 



ずっと同じチームにいたなら、言葉を発しなくても、そこにキャッチボール相手がいて、ブルペンの場所が決まっていて、バスの座る場所が決まっていて。

 



でも、こんな新鮮な気持ちになることはなかった。

こんなにたくさんの出会いもなかった。

 

そして今日もまた、野球ができる。

ホークスに感謝。

 

 


常勝軍団に脈々と流れ続けるレボリューションイエローの血流を、僕も全身に滾らせるために・・・。

 


頑張るよ。

 




p.s

宮崎といえば、僕の脳裏にある一人の先輩が浮びあがります。

 

あなたのことをベイスターズの皆が、愛をこめて「兄さん!」と呼ぶように、(ホントは弟なのに!)、そう呼ばせていただきます。

 

 


兄さん

 

僕がベイスターズにいた2年間で、最も影響を受けた方はあなたでした。

僕が若いころ、兄さんはセ・パ両リーグで活躍され海を渡った憧れの存在でした。

 

そんな兄さんが、僕たちのために、額に大汗をかいて道具を運び、洗濯物を運び、グラウンドを整備してくれた。

 

どんなに暑い夏の日も、僕が頑張ってこれたのは、あなたの汗を見ていたからです。

 

野球のこと、トレーニングのこと。人生のこと。たくさん兄さんには質問した。

その答えの一つひとつが、僕の財産です。

 

2年間、本当にありがとうございました。どうかお体にはお気をつけて。

また会える日を楽しみにしています。


ご報告。

報道等でご存知かと思われますが、この度ソフトバンクホークスに移籍することになりました。自分の言葉で皆様に感謝を届けたくて、久しぶりに書くことにしました。



ちょうど2年前の今頃、3年連続90敗という大変な状況にあったベイスターズから声をかけていただきました。



あれから2年の月日が過ぎ、、、突きつけられた現実は5年連続最下位。
チーム再建の力になれず残念な気持ちと、ベイスターズファンの皆様と、呼んでいただいた球団関係者の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。



勝てないチーム、勝てない自分。かつて経験したことのない状況の中で、苦しみ、時に厳しい声も耳に届き、心で泣いたことも数多くありました。



志半ばでチームを離れることは無念でもあります。学生時代を過ごした横浜。ちょうど日本一の熱狂の中にいたあの時代を、僕ももう一度味わいたかった。


これからは親会社であるDeNAが、厳しい目と新しい発想、手法で、ベイスターズをドラスティックに改革していくでしょう。そして必ず強くなると確信しています。

ファンの皆さん、2年間ありがとうございました。2011年開幕戦、柔らかい春の陽光に包まれた鮮やかなブルーに染まったハマスタのライトスタンド、そこから頂いた拍手と歓声。きっと忘れることはありません。力になれず申し訳ありませんでした。





シーズン終了後、いくつかの選択肢の中からDeNAと話し合いをもってきました。その中の1つにホークスとのトレードの打診がありました。


常勝チームのユニホームを纏うことになり、身の引き締まる思いでいっぱいです。
パリーグで過去10年ホークスと対戦してきたものとして、あの熱狂的な応援と強力打線は本当に脅威でした。チームとファンの皆様に認められる日が1日でも早く訪れるように、全てをホークスに捧げる気持ちでプレーしていきます。よろしくお願いいたします。





最後に。

僕は、ドラフトで入団した球団はもうありません。それは悲しいことであり、寂しいことです。でも帰る家を亡くしたあの日から、この世界を左腕一本で生き抜いていくんだというプロ意識は年々強くなっている気がします。

逆指名、球団合併、トレード、身売り、トレード。そして数えきれないくらいの監督交代。それはきっと僕に、このプロ野球という厳しい世界で、きっと安心、安住するなというサインなのでしょう。



13年目のシーズン。

常勝軍団のユニホーム。



福岡で男になってきます(えじり氏名言)




山本省吾




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